12世紀後半のイスラーム世界、とくにファティマ朝エジプトでは深刻な銀飢饉に見舞われていたようです。ファーティマ朝の金貨(ディナール)が極めて高純度で国際的な信頼を得ていたのに対し、銀貨(ディルハム)は銀の含有量が約28%〜30%程度まで落ち込んでいて、銅が混ぜられていたため、実際には「黒っぽい銀貨(ブラック・ディルハム)と呼ばれたようです。マクリーズィー(Al-Maqrizi / 1364–1442年)著:『貨幣論(Shudur al-uqud fī dhikr al-nuqud)』;P. Balog.History of the Dirhem in Egypt from the Fāṭimid Conquest to the Mamluk Castle (1961)。詳しくは5. Black Dirham, 1214 CE in Coins of the Cairo Geniza(Orinceton University)「この種類の貨幣は、銀に銅・錫その他の金属を合金した結果生じる変色に由来して名付けられたもので、現代英語では “billon(低品位銀)”、ユダヤ・アラビア語では “wariq/waraq” と呼ばれる。 黒ディルハムの銀含有量は一般に 33%以下であった」同じ時期のドイツのブラクテアートを思い出す。

一方でこの 黒ディルハムは日常使いされるわけで、銀の絶対量の不足というよりも貨幣化の進展に伴う相対的な不足の面があったはずである。流通する銀の量は増加していったのであろう。質の悪い銀貨はそれでも良き小銭であった。この銀不足を解消し、アシュトル教授に、アイユーブ朝期(1169年〜1250年)をして真の「銀の時代」と形容させたのは、ビザンツ銀貨の復活と同じように、ヨーロッパ、とくに東部の銀山からあふれ出た銀であった。。Eliyahu Ashtor, A Social and Economic History of the Near East in the Middle Ages, University of California Press, 1976.
https://dpul.princeton.edu/coins_geniza/feature/5-black-dirham-1214-ce/

アイユーブ朝の六芒星型のディルハム銀貨 品位 .90%銀 両目3.0g Mint アレッポ?
https://www.banknoteworld.com/islamic-states-ayyubid-dynasty-dirham-silver-coin-1171-1260-fine.html
ヨーロッパ銀はさらに東、ペルシャ方面に流れたようです。Spuffordは「
13世紀半ばに、中東地域はモンゴルの侵入によって明確に二つに分断された。イラクとシリアの一部は、ペルシア北部のタブリーズに本拠を置くモンゴルのイル=ハン国の宗主権下に、エジプトとシリアの残りは、バフリ・マムルーク朝の支配下におかれた。両地域間の接触はきわめて限定的であったが、ヨーロッパの商人が、中東の双方の地域と交易を行った。モンゴル支配下のイラクやペルシアとの交易は、モンゴルの宗主権を認めていたキリスト教徒のアルメニアを介して繁盛した。その結果、かなりの量のヨーロッパの銀がアルメニアを経由してイラクやペルシアに流れ続けることとなり、アルメニア自体でも盛んに銀貨が製造された。イラクやペルシアでは、おそらく中央アジアでの採掘再開による銀の供給も受けており、ヨーロッパの銀は急速に蓄積されていたこの銀に加わることとなった。一方で、ヨーロッパとの接触がかつてないほど顕著となり、ヨーロッパで銀鉱の探索が並外れた範囲に広がっていた時期の出来事であるというのは、驚くしかない。」と言っています。アルメニアでも独自の銀貨が製造されました。

この銀貨はキリキア・アルメニア王国(1226-1270)のトラム銀貨です。表に(左に)ザベル女王とヘトゥム1世、裏にライオンが描かれています。サイズは21㎜で量目は2.93g。図柄は、ヴェネティアのグロッソ銀貨やビザンツ貨幣を思い出しますが、宗教色を排除しています。辺境の交易者のものでしょうね。
https://www.tiara-int.co.jp/SHOP/276143.html?srsltid=AfmBOopbixh-i–e33wbTh1HSKq1yuzcBNKWDM3aqut86IS_RGjn4xa9
Spufford のMoney and its Use(pp. 152-153) は、ヴェネツィア人の『ダ・カナル雑記帳』が、小アルメニアに関しては、「延べ棒に鋳造されてヴェネツィアの印が押されたスターリングの銀が、ヴェネツィアからアルメニアに運ばれている」とあり、シリアについては、「そこの造幣所は、ハマにスターリングの銀を運んでくる各人に対して……造幣所で造られたディルハム貨を与えている」とある。サタッリアについては、「そしてもし、あなたがヴェネツィアのグロッソ貨をそこへ運ぶなら」と記されている、という。ここでのスターリングは、高い品位という意味でイングランド銀貨の通称ではなない。しかし、14世紀までのイングランドの銀貨は高品位を維持しており、自らもスターリングと称することもあった。イングランド王国とイタリア商人の密接な関係が、スターリングを高品位銀(貨)を表すと同時にイングランド銀貨そのものも表すようになったのであろう。
(H.T.)